変動の大きさ

前回の続きでもう少しだけ知識というものに関する考察を深めていたいと思います。知識にとって希求する対象(収束値)である真理がコンテクストに依存して変動するわけですから、当然、知識も変動し続け、その変動の大きさは、真理のそれよりもはるかに大きくなります。それは、知識が真理よりも強くコンテクストに依存するからで、極端な変動によっては、知識はコンテクストから断絶されて、知識として存続し得なくなります。この点は、「知識の陳腐化」などという表現を通じて具体的に認識されていますよね。戦争や革命などで社会的状況が大きく変化した場合や、科学技術の分野で新たなイノベーションが起こった場合など、社会的規模でコンテクストに大きな変化が生じることがありますが、その場合には、それまで有効であった知識は意味をなさなくなるということがあります。その一方で長い時間、色あせずにその価値が認められ続ける知識があります。世界中でいつの時代でも通用する、たとえば、幾何学や物理法則など、普遍的価値をもつ知識がこれに相当します。つまり時間的にも地域的・社会的にも普遍的で、コンテクストに依存しない(すなわちコンテクストフリーな)知識が存在するのですね。このレベルで知識というものを認識しておけば、日常生活における他者との関わり合いの中で知識をどう位置付けるかということは簡単に理解できるものだと思っています。

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